【フェイはや10のお題】
1.振り向かない貴方が好き
最初は、出会った頃は、真正面から向き合ったなのはの顔ばかり見ていた。ぶつかる魔力波の向こうの、真剣で、自信に満ちたなのはの顔を。
当時は母さんやリニス、アルフがいる世界しか知らなくて、悲しい別れもあったからあまりじっくり見ることができなかったけど、なのはの瞳はいつも空色に輝いていて、最後には目を背けられなくなっていた。
それから、私の隣に立つなのはの横顔を多く見かけるようになっていた頃に、はやてと出会った。
魔法を使えば同じ高さの目線。でも、はやてが自力で、自分の足で立ち上がるまでは、ほとんどはやてを見下ろす形での会話で。
初代祝福の風との別れから、車椅子を手放すまでの間、なのはほど真正面から顔を合わせることもなかったのに。
はやてが自分の足で歩けるようになってすぐ、彼女は前を向いて走り出したのだ。
自分の夢のために、一心不乱にがむしゃらで。
だから、同じ高さの目線になってから、彼女の顔を真正面から見ていた時期は短かった。彼女の横顔を見ていた機会も、きっと少ない。
いつからだったかは思い出せないけれど、気が付いたら私ははやての背中ばかり見るようになっていた。
「じゃあ次、ここの問題ね」
「うん、わかった」
夏休みを目前にしたテスト勉強期間。それぞれ特に苦手な教科がある私となのはは、一緒にまとめてアリサに面倒を見てもらっていた。
夕暮れまではまだ少し時間のかかりそうな、雲の高い夏の空。教室の窓に切り取られている世界を、少し前の席に座っているはやてがぼんやりと眺めていて、私は小休憩と心の中で称しながら、そんなはやての背中を見つめていた。
「清少納言さんはどうしてこんな言ってもしょうがないことを文章にするかなぁ……」
「こらそこ、偉大な日本文化に文句言わないの」
だってアリサちゃあん、と私の目の前の席に座るなのはが子犬のような悲鳴を上げたのを耳にする。それに対して、私の隣に椅子を持ってきて座っているアリサは、何食わぬ顔でなのはにテスト範囲になっている作品の本文に使われている古文単語を、現代語訳を添えてリストアップするように命じていた。はやてに釘付けだった視線を戻すと、丁度、なのはの頭から湯気が見えたところだった。この様子を見る限り、アリサもしばらくはなのはの専門講師だろう。
またちょっと休憩と称して、私は少し向こうの机で勉強しているすずかとはやてに目をやる。あちらは私達ほど大問題な教科も無いらしく、互いに疑問点を解消しあう形でテスト勉強をしていた。なんとなくこちらとは違う種類の、まったりとした穏やかな空気。それが、少しだけ。
「ちょっと、うらやましい」
思わず言葉に出て、少しだけしまったと思う。案の定、アリサがこちらを見て――いや、視線は未だになのはのノートに注がれていたけれど、私に尋ねてきた。
「何が」
「特にテストの心配も無くて、仲むつまじく勉強してるのが」
「どっちが」
言葉の足りない日本語でのやりとり。こんな現代っ子たちを見たら、今回の国語でテスト範囲とされているかの清少納言さんはとても深く嘆くのだろうなぁと思った。
「どっち、だろうね」
はやてと話しているすずかになのか、すずかの前だと素直になってたりもするはやてになのか。
それから、今すずかのいるあたりだと、真正面や横からの彼女の顔をもっともっと見れるんじゃないかとか。
「……あんたもなかなか似てきたわね」
「誰に?」
「言わんでもわかってるでしょうに……あっなのは。そこ使ってる意訳ちょっと違うわよ」
「えぇっ!?」
はい訂正、とアリサの正答をまじまじと見つめるなのはを一瞥して、アリサに視線を投げる。アリサがこちらを見て、改めて口を開いた。
あっ、ひょっとして。英語の訳文、間違ってたかな。
何を言い出すのかと、思えば。
「大体、まんざらでもないようにも見えるんだけど」
「えっ、どうして?」
「今のままでもそれはそれで、みたいな顔してる」
隣でなくても、それはそれで喜んでいる。アリサはそう言ったのだ。はやての背中を見ているだけでも満足してるんじゃないの、と。
「私が?」
「フェイトが」
「うーん……」
アリサが言うなら、そうなのかな。手元のペンを回しながら少し考え込む。
確かに、はやての後ろ姿を眺めていたいというのは以前から変わっていない。どうしてなのだろう。
とりあえず八神家でのはやて、学校でのはやてと順番に思い起こしていって、ふと気付いた。
時空管理局で仕事をこなす、はやてだ。
同い年なのに、私よりもずっとずっと後に魔法と出会ったはずなのに、どちらを向いても大人ばかりの世界に飛び込んだはやては。
私よりもしっかりしていて。
大人よりも周りをよく見ていて。
誰よりも強かで。
あの場でのはやては、いつも私に背中を向けて走り続けているんだ。これまでも、今も、そしてたぶん、この先も。
あぁそうか、とも思う。きっと、私は。
振り向かない彼女が好きなんだ。
「なるほど、背中を見ているだけでもいい……んだと思う」
その気持ちは本音。けれども私はわがままである。だから。
「でも、せっかくなら……」
なのはの時とおんなじように、横から、正面から、もっとはやての顔を見たいと思うのも事実だった。
「……しょうがないわね」
「ん?」
アリサがため息混じりに呟いた。けれどもその表情には、穏やかな笑みが浮かべられていて。
「帰り道の左隣。譲ってあげるわよ」
本日の帰路におけるあの子の左隣は、無事に確保した私であった。
[2回]
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